なぜ今、日本企業の変革に「リスク低減」が求められるのか
日本市場はいわゆる「2025年の崖」を越えた。しかし、それは課題がなくなったことを意味するわけではない。
長年、日本企業は、老朽化・複雑化したレガシーシステムがDX化を阻害し、競争力を低下させる危険性、いわゆる「2025年の崖」について警鐘を鳴らされてきた。
2025年は確かに乗り越えた。
しかし、その根本的な課題は依然として残っている。
2025年5月、経済産業省は、レガシーシステムがDXの障害となり、デジタル新技術の導入を妨げる危険性を指摘しつつ、ITガバナンスの強化、IT資産の可視化、ビジネス部門とIT部門の連携強化、そして経営層の関与強化の必要性を示唆した。
一方で、変革遂行のための人材は不足している。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)の「DX動向2025」では、調査対象となった企業の80%以上が、DXを推進するために必要な人材が不足していると回答している。
日本企業はいま、非常に困難な状況に直面しているといえよう。
モダナイゼーションへのプレッシャーが高まる一方で、変革失敗への許容度は縮小の一途をたどっている。
もはや問いは、単に、
「どうすればモダンなERPへ移行できるか?」
ではない。
むしろ重要なのは、
「すでに機能しているビジネスを不必要に崩すことなく、どうモダナイズするか?」
という問いである。
モダナイゼーションとは、複雑性を取り除くことでもある
レガシーシステムは、一夜にして突如複雑になるわけではもちろんない。
長年にわたるカスタマイズ、各拠点・部門での個別最適、M&A、変化する業務要件などが積み重なることで、データが分断され、インテグレーションが複雑になり、その結果として保守コストの高いシステムが徐々に形成されていってしまうのである。
そして最新のプラットフォームへ移行したにもかかわらず、同じ複雑性の焼き増しという結果に終わるリスクもある。
一方で、例えば日立ハイテクのケースは、モダナイゼーションを通じて複雑性を劇的に減少させた好例として挙げることができるだろう。
SAP Japanによると、同社は約9,000に及んでいた既存ERPアドオン数を、その僅か9%の843に削減した。アップグレード期間も22カ月から3カ月へ、そしてアップグレードにかかるひと月当たりの人的リソースも、343人から13人へと劇的な削減に成功している。
日本郵船も同様のアプローチを採用している。
同社は、国内外約350の連結グループ会社を網羅する会計基盤をSAP S/4HANA パブリッククラウドへ移行した。SAP Japanによると、SAPの標準機能を最大限活用するいわゆる「Fit-to-Standard」戦略を徹底することで、約450に及んだアドオン開発数を従来の約10%まで削減させることに成功した。
これらの事例から、ある重要な原則が見えてくる。
「変革する部分を減らすこと」は、「安全に変革すること」と同義ではない。
場合によっては、不要な複雑性を早いうちから取り除くことこそが、長期的観点でのリスクを低減させられる。
つまりここで問うべきなのは、
「どれだけ現行システムを維持できるか?」
ではなく、
「本当にビジネス価値を生み、残すべきものは何か?」
という問いである。
コアシステム変革中に既存ビジネスを守るには
一方で、十分なコントロールをせずにがむしゃらになんでも変革していこうとすることも、もちろん別のリスクを生む。なぜならERPは、変革プロジェクトが進行中だからといって、それを理由に止めることのできない基幹業務を支えているからである。
工場は生産を続けなければならないし、注文処理は滞ることを許されない。
そして財務取引は決算処理がされ続けなければならないし、サプライチェーンは動き続けなければならない。
だからこそ、業務の継続性は最終的なGo-live時だけに考えればよいというものではない。むしろ変革の初期段階から設計に組み込む必要があるものであるといえる。それに伴って明確化するべき要素を下記に挙げる。
- ビジネスにとって本当にクリティカルなプロセスは何か
- 継続して利用可能な状態でなければならないデータはどれか
- オペレーションサイドが許容できる停止時間はどの程度が限界か
- 大きな依存関係を生みうるインテグレーションはどの部分か
- Go-Liveの前に発生しうる問題をどうすれば特定できるか
つまり、単に技術的な移行の成功が、必ずしも変革のリスク低減に直結するとは限らないということになる。
重要なのは、ビジネス自体を健全な状態で、新たな環境へ移行させられるかどうかという点である。
AIユースケースを考えるより前に、活用基盤の準備を整えよ
昨今AIは、モダナイゼーションをさらに急ぐ理由にもなっている。
日本では、企業でも生成AI、オートメーション、インテリジェントな意思決定支援への関心がますます高まっている。
しかし、AIがその下にある基盤に大きく依存していることは、忘れられがちであるように思われる。
分断され、一貫性に欠けたマスターデータ、相互に連携できていないアプリケーション、統制のとれていないカスタマイズ、これらはすべてAI化による変革実現を損ないかねない。
だからこそ、クリーンコア、データアーキテクチャ、AIの三要素は、同じ変革という文脈の中で一緒に語られるようになっている。
例えば先にあげた日本郵船では、ERP標準化プログラムと、将来的な生成AIの活用による自動化、分析、意思決定支援とを意識的に結び付けている。
この例から得られる示唆を一言でまとめるなら、以下のように言えるだろう。
AIユースケースを考えるより前に、活用基盤の準備を整えよ。
言い換えるなら、変革のリスクを最小化するAI戦略は、次の4つから始まる。
信頼のおけるデータ
相互に有機的な業務プロセス
クリーンなアーキテクチャ
明確なガバナンス
この基盤がないと、残念なことにAIは、単に新たな複雑性を追加するだけの存在になりかねない。
「リスク低減」とは、変革を避けることではない
「リスク低減」と言うと、往々にして保守的に聞こえるかもしれないが、そうではない。
むしろモダナイゼーションを避けること自体が、後々になって新たなリスクを生むといっても過言ではない。
ここで目指すべきは、変革を意図的かつ統制のとれた形で進めることである。
cbsでは、これを5つの原則という風に表現している。
Clarity(明確さ)
— 変革と言う前に、現在のシステム環境をしっかり理解する
Precision(精度)
— 最も適切な変革アプローチを選択する
Transformation(変革)
— 変革を通して価値を発揮するものだけを変え、そのまま価値を生めるものは残す
Trust(信頼性)
— 品質テスト、データ整合性の観点での継続的な検証を実施する
Confidence(確信)
— 移行先のターゲット環境が万全であるという確信をもって前進する
「2025年の崖」を過ぎた今、次に問うべきこと
すでに、「2025年の崖」と呼ばれる時期は過ぎ去った。
そんな中で今、重要なのはネクストアクションである。
クラウドはERP利用のあり方を変えつつある。
クリーンコアという概念は、カスタマイズに関する議論に一石を投じている。
AIは、信頼のおけるデータというものの重要性をさらに高めている。
そしてDX人材の不足によって、不要な複雑性をしっかり取り除いたうえでの変革の必要性は、高まる一方である。
だからこそ、変革について議論されるべきは、
「どれだけ早く移行できるか」
ではない。
・何を変えるべきか?
・どの部分は変えずそのまま残すべきか?
・複雑性は、移行して持ち越すよりもこの際に取り除くべきではないか?
・変革中でも、どうすれば業務を安定させられるか?
・これから構築しようとしているシステムは、次の変革をより容易にするか?
これらの問いこそが、リスク低減型企業変革の核心となる問いである。
「ONE.Ascent 日本」では、cbs、SAP、そしてエコシステム各社の知見を総動員し、より高い安定性、コントロール、確信を持って企業変革を進めるための方法を探っていく。
変革を加速する。
ビジネスを守る。
次の未来をつくる。