『自社のシステム環境は複雑すぎる』――これを障壁ではなく、出発点ととらえよう

15. April 2026

企業がSAP S/4HANA への移行を検討する際、マーケットを問わずたいてい一つの懸念が現れる。

「自社のシステム環境は複雑すぎる」

これはもっともな懸念である。

現在のSAP環境は多くの場合において、長年の自社の成長、地域展開、そして変化する目標の中に合わせて進化を重ねてきたものであろう。その結果生まれたのは、ただのシステムというよりは、業務を支えるプロセス、カスタム開発、各種統合が絡み合った複雑なネットワークである。

この観点から見れば、企業がSAP環境の変革に慎重になるのも当然である。

つまり問題となっているのは、変革が必要かどうかではなく、それが現実的に実行可能かといった点である。

複雑さは自社だけの例外ではない

実際には、高度にカスタマイズされた複雑な環境は珍しいものではない。むしろ一般的であるといっても過言ではない。

複数の国や事業単位で運営している企業は、しばしば以下のような課題に直面する。

・地域ごとに個別定義された業務プロセス


・事業展開各国ごとに異なる法規制や業務要件


・ビジネス要件に対応するためのカスタマイズされた開発


・財務、サプライチェーン、製造、外部システムとの統合

これらの要素は企業が成長を続けるとともに密接に結びついていく。

その結果、ビジネスの成長を反映した環境が形成されていく一方で、必要な変化への適応がますます困難になる。

なぜ複雑さが障壁と捉えられえられてしまうのか

企業がSAP S/4HANA を検討する際、既存システムにまつわる複雑さは変革開始前までに取り除かれるべきであると捉えられがちである。

そこから以下の両極端な二者択一が検討されることとなる。

・完全にゼロからやり直す


・現状をすべてそのまま変えずに移行する

残念ながら、いずれのアプローチをとったとしても課題が残される。

ゼロからの再構築はシステムを単純化できる一方で、広範な変更に伴う大きな業務混乱を招きかねない。

一方、すべてをそのまま引き継ぐ場合、短期的な混乱は抑えられるが、本来移行の過程で解決すべき問題を、そのまま温存してしまう可能性がある。

複雑さは回避するものではなく管理するもの

より現実的なアプローチは、複雑さを排除しなければ前進できないと考えるのではなく、それについてまずはしっかりと理解し、優先順位を付け、管理するというものである。

具体的には以下のような取り組みが求められよう。

・現行環境の中でビジネスに不可欠な要素の特定


・標準化や簡素化によって価値が生まれる領域の見極め


・何を維持し、何を調整し、何を再設計するかの判断

すなわち、変革とは一か八かの選択ではなく、考え抜かれた意思決定の積み重ねである。

単なるデータ移行にとどまらない戦略の必要性

複雑な環境においては特に、課題となる領域は単なるデータ移行にとどまらない。

言い換えると、まず最初にデータ、プロセス、組織構造がどのように相互に結びついているかを理解する必要がある。例えば以下のケースがあり得よう。

・データ構造に関する変更が、レポーティングや意思決定に影響を与える


・業務プロセスの変更が、地域間の業務運営に作用する

・組織構造の変更が、ガバナンスの在り方に変更を迫る

そしてこれらの相互依存関係に適切に対処するには、企業全体の機能を俯瞰する視点が不可欠である。

高度に複雑化されたシステムへの対応

高度に複雑なシステム環境を持つ企業では特に、変革をスケールさせて管理する能力が求められる。

具体的には以下の点に注意をしなくてはならない。

・複数のシステムや地域にまたがる変更の調整


・安定的な変革を担保するための順序設計


・エリアごとに必要な部分最適と、企業全体としての一貫性との両立

この段階でのゴールは、すべてを即座に単純化することではなく、ガバナンスを担保しつつ変革の安全な道筋を構築することである。

構造化されたアプローチの意義

システムが複雑さをはらんでいても、変革を実現できるかどうかを分けるのは「構造」である。

ここでいう「構造」が何を意味するか、以下で具体的に論じる。

・現行環境とその複数にまたがるシステム相互依存関係の可視化


・全社的マイルストーンに基づいた明確な優先順位設定


・自社の状況に即した変革シナリオの設計


・Go-Live前の検証とガバナンスチェック

これらの構造をもとに進められれば、複雑さは障害ではなく、対処可能なものへと変わる。

同じ企業変革は二つとない

複雑な環境において重要なのは、一つの絶対的なアプローチが、すべての企業変革にそのまま適用できるわけではもちろんないという点である。

適切なアプローチは下記の諸要素によって定義づけられる。

・カスタマイズの度合い


・既存プロセスの重要性


・スピードと変革の抜本性のうちどちらをより重視するか


・地域や事業単位ごとの優先順位

ここで大切になってくるのが柔軟性である。

つまり、画一的な変革モデルではなく、自社の状況に合わせて柔軟に適応できるアプローチによって、既存業務の継続性と変革とのバランスを取る必要があるということだ。

複雑さを前提とした進め方を

複雑性はしばしば変革を遅らせる理由とみなされる。

しかし実際には、逆にそれこそが変革の理由となる場合が多い。

システムが維持・適応しにくくなればなるほど、何もしないことでかかる、潜在的なコストは増大し続ける。

企業変革を成功させている企業は、必ずしも最も単純な環境を持つ企業ではない。複雑性に対して明確な視点と確固としたガバナンスをもって向き合える企業だといえるだろう。

次回記事

自社システムの複雑さが管理可能なものであると理解できた後に、浮かび上がってくる次の課題はおそらく以下の事項だろう。

マーケットに多くのアプローチに関する提案がある中で、自社にとって最適なアプローチをどのように選ぶべきか。

次回記事では、この疑問について取り上げ、企業変革において最も不確実性の高いとされる、「進め方の選択」について深堀りしていく。

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